始まりの日

 

 

1989年7月28日

 

 

 

 

 

 

それが僕の誕生日だ

 

 

 

振り返ってみると31歳になっていた

 

 

 

 

 

 

 

子供の頃

小学校では「お誕生日会」といわれる行事があったような気がする

 

 

僕は6年間そこで祝われることは一度もなかった

 

 

 

 

なぜなら

7月28日は夏休みにちょうど入ったばかりの日だからだ

 

 

 

 

他のクラスメイトたちが学校でお祝いをされているのを羨ましく思っていた当時

僕は母親にその旨を伝え

1度だけ夏休み早々に家に友達を呼び「誕生日会」を開いてもらった

 

 

その時僕は素直に嬉しかった

 

 

 

家には友人が集まり

母親が誕生日会らしい食事を用意してくれ

普段食卓に並ばないジュースの数々

そして誕生日らしいケーキが食後に出され

 

 

 

 

 

ハッピーバースデートゥーユー

ハッピーバースデートゥーユー

ハッピーバースデーディアマサル

ハッピーバースデートゥーユー

 

 

 

 

 

僕の中で大正解の誕生日を母親と友人が開催してくれた

 

 

 

 

 

その頃を境にかはわからないが

7月28日が僕にとって特別な一日だと認識することができた

 

 

 

みんなが無条件で祝福してくれる

僕だけの特別な日

 

 

「今日誕生日やねん!」

 

 

という魔法の言葉が

普段叶わないお願いも叶えてくれた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな特別な誕生日の重みは

年を重ねるごとに

蒸発していく水溜りのように姿を消していく

 

 

 

 

 

7月28日を意識するのは

付き合っていた彼女が特別優しくしてくれたぐらいだろう

 

 

 

とはいえ僕は毎年彼女がいたわけでもなく

20〜30歳までの10年間でも誕生日に彼女と過ごしたのは1度だけだ

 

 

 

 

SNSで投稿される誰かの誕生日パーティーは

よく見かけるが

みんな1年に1度しかやってこない

 

 

もし小学生の頃にスマホがあり

SNSを使っていたら誕生日会で祝われない僕はかなり凹んでいただろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誕生日は祝われる日」

 

そんな変わることはないと思っていた「誕生日」の概念を

揺るがし反転させたある出来事が起こった

 

まるでオセロの黒が白に変わるようにあっさりと変わってしまった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは僕が世界を放浪していた時の話

場所はどこだっただろう

 

 

確かトルコのイスタンブールでブルーモスクを背に

1日中ビールを浴びるように飲んでいた日の夜だったはずだ

 

 

 

ギリシャのアテネから

エーゲ海に浮かぶ島々を転々とし海路でトルコに入国し

カッパドキアに足を運び

イスタンブールまで移動し

ネパールに飛ぼうとしていた

 

 

 

 

しかし、6月のエーゲ海は

旅行者や

バカンス

ハネムーン

の白人たちで溢れかえっていた

 

 

いつも通り無計画に次の島までの船のチケットを購入し

ついた島で次の島を選んでいると

どこの島に行くにも満席でチケットがないといわれ

エーゲ海の島の旅はミコノス島のみとなり

泣く泣くアテネに帰り飛行機でイスタンブールに飛ぶことになった

 

 

「旅人を魅了するトルコ」

 

そんなワクワクがとまらないワードがつきまとうトルコの滞在は2泊3日のみとなってしまった

 

 

 

 

結局、宿に付き

また来た時にトルコを楽しめばいいか

と思い

半分投げやりな気持ちで朝の10時頃から

宿の屋上のテラスで他の旅行者とひたすら飲み続けていた

 

 

そんな時間から飲み始めていたので

まだ日が高い内にはベッドに体を沈めてしまっていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まぁトルコの詳細は正直どうでもいい

 

 

 

 

 

 

 

「誕生日」のことに話を戻そう

 

 

変な時間に寝てしまったこともあって

深夜に目が覚めてしまった

 

 

 

何気なくFacebookを開いて一番初めに上がっていた投稿

 

それが僕の「誕生日」の概念を揺るがした投稿だった

 

 

 

 

 

 

タイトルはあまり覚えていない

 

 

確か、、、

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブータンの子供」

 

 

のようなタイトルだった気がする

 

 

 

記事を投稿している本人とは面識がなかったが

僕の友人がその投稿をシェアしたため

僕のページに上がってきたのだろう

 

 

ブータンというのは国の名前で

正式にはブータン王国

 

ヒマラヤ山脈の東部に位置する

亜熱帯平原から険しい山や谷まで

変化に富んだ印象的な景観が広がる

インドと中国に挟まれた小さな国

九州よりも少し小さいぐらいだろうか

 

 

2011年に国王夫妻が国賓として来日され

「世界一幸福度が高い国」とメディアや雑誌で取り上げられ

「幸せの国」というイメージを持っている日本人が多いだろう

 

 

 

 

世界を旅する僕ももちろん惹かれていた国の一つだった

 

だが、ブータンを旅するのはそうそう簡単なことでない

 

 

なんせお金がかかる

単独での入国が不可能に近い

ガイドをつけ

滞在中のほぼ全ての工程を決めなければならない

滞在日数によって支払う料金が加算されていく

 

 

みたいな記事を読んだことがある

 

節約しながら旅をしている僕のような若い旅人はどう考えても手が届かなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブータンの子供」

 

の記事にはこんなことが書かれていた

 

 

 

その内容は「誕生日」に関することだった

 

 

一人の旅行者がブータンを旅していると

幼い男の子が話しかけてきたという

 

「こんにちは よかったら飴玉はいらない?」

 

旅行者が

「なんでくれるんだい?」

と問いかけると

 

「今日は僕の誕生日なんだ そんな日に出会えたあなたにはありがとうを伝えたいんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誕生日というのは

日本では、誰かから祝われる日

だが

ブータンでは、ありがとうを伝える日

なのだ

 

 

 

もちろんブータンの国民全員がそうではないかもしれないが

その記事にはそう書かれていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

考えてみればその方がしっくりくる

 

人は決して一人では生きていけない

必ず誰かのおかげで生きることができている

 

そう思うと

「今日は誕生日だから祝ってくれよ!」

というのはとても自分勝手で傲慢な気がする

 

 

 

相手にとって人の誕生日はそこまで大切な日ではない

恋人や親子の中では違うかもしれないが

おそらく誕生日会に来てくれた友達たちからすれば大した日ではない

 

「タダでケーキとコーラがもらえる日」程度のものだろう

 

 

 

 

 

 

 

どこの誰かが書いたかもわからない一つの記事で

僕の誕生日の概念がひっくり返った

 

 

 

誕生日は「ありがとうを伝える日」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5月中旬に甥っ子が生まれた

そうはいっても誕生日は祝ってやりたいな

 

とも思ってしまう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し長く書きすぎた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さぁそろそろ時間だ

 

 

 

 

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