夢の道を振り返る。vo2 ~Sierra Nevada ~

前回に引き続き、

今回は「Sierra Nevada編」

 

 

 

 

次のセクションは「Sierra」

標高3000〜4000mの山脈を練り歩くエリア。

去年の雪が異常に残ってて、「今年はSierraを歩ききったハイカーはまだいない。」

って街の人が言ってた。

多くのハイカーがリタイアとか迂回を選択する中、

 

なんと、武士道を持ってるはずのジョートがここでリタイアを宣言したんよ。

 

 

 

 

ってとこまでが前回のお話。

 

今年のシエラの雪はほんとにひどかったみたいで、PCTハイカーも3名命を落としてしまった場所。

 

そして、リタイアを宣言したジョートが、

「俺は死にに来たわけじゃない。」

と一言言い残して、ハンガリーへ帰った。

 

同じ意見のハイカーも多かったはず。

それは僕も同じ、、、っていうよりそれ以上。

 

リタイアして日本に帰るつもりは全くなかったけど、

シエラを歩くのか、歩かないのか、

 

情報交換しても、

「俺は行けるとこまで行くぞ!」

「私は迂回する。」

「以外と雪ないらしいぞ。」

 

いろんな情報があふれたんよね。

結局、誰もそこに行ってないから本当のことはわからんの。

 

 

でも、

でも、

 

正直な気持ちは歩き切りたい!!

 

 

ここに来るまでにもお世話になった人もいるし、

ヤスカさんとブラッドから、シエラを歩くために必須の「ベアキャニスター」も送ってもらってるし。

 

行くとこまでいって、無理って判断したら諦めて引き返す気でシエラに足を踏み入れたんよね。

 

 

この赤いシールが貼ってるでかいケースがベアキャニスター。

クマから食料を守るためにシエラでは、必ず携帯しないとあかんやつ。

これが重たいしでかいしで、バックに入りきってないハイカーもいたりいなかったり。

 

 

そして、いよいよシエラの入り口。

今まで歩いてた乾燥地帯から景色もいっぺんして、背の高い木々に囲まれる。

 

 

 

水も豊富で影もある。

これから、襲いかかる水の恐怖なんてこの時は考えてもなかったな。

「意外と楽勝なんじゃね?」

とか思ってたしね。

大きな間違いやった、、、

 

 

そんな考えは甘かったことを徐々に思い知らされる。

遠くの稜線が白く輝き始める。

初めて見た瞬間は、なんて綺麗なんやろ。って見てたんよね。

 

 

実際に、雪のエリアを歩くってなると全くそんな気持ちになれんかった。

足は常に濡れて、

川を渡って、

硬い氷に足を取られて、

雪解け水が冷たすぎて、

歩き始めて数時間、普通の道を歩きたいって心から思った。

 

 

アメリカ最高峰のMount Whitney。

標高4418m。

 

PCTのルート上ではないんやけど、近くにあるからみんな結構立ちよるんよね。

僕も便乗して、キャンプサイトに荷物置いて最低限の荷物だけ持って早朝5時にスタート。

朝日で輝く山肌を見ながら歩く時間は格別やった。

 

 

 

ただ、、、

ここがシエラの入り口にあたる場所。

約500kmの雪山の始まり。

 

 

食料も十分に持ってたけど、靴がかなり怪しかったから一旦街に降りて2足目を購入。

1000kmの道のりを一緒に歩いたトレッキングシューズを捨てる瞬間はすごい寂しかったな。

 

でも、持っていくわけにいかんしお別れ。

 

 

街に降りてよく出会ってた香港ハイカーの二人と再会できたから、

彼らと一泊することに。

泊めてもらったのは「エンジェルハウス」

 

 

泊めてもらう彼らの家は超豪邸ってわけでもないんやけど、

味があって、

物を大切にしてて、

なぜか動物と一緒に暮らしてて、

家庭菜園をしてる、

そんな家がほとんど。

 

ヒッチハイクで街に降りる時も乗せてくれる人はボロボロの車のことが多い。

そして、とびきりの笑顔でハイカーを包んでくれるんよな。

 

彼らは大金持ちじゃないんやろうけど、お金じゃない大切な物をしっかり持ってる人たちなんやと思う。

 

 

そして、戻ってきたシエラ。

危険で孤独なエリアに戻る瞬間は、

軽い興奮状態にあった気がする。

 

マラソンのスタート地点に立って合図を待つような気分に似てるかな。

 

そして、シエラ本番。

むき出しの自然の危険と、

それに肩を並べるほどの美しすぎる大自然が待っててくれた。

 

 

雪山で何が危ない?

って行く前は、雪崩とか、滑落かなって思ってたけど、、、

一番の危険は「渡渉」やったことを教えられる。

 

川を渡ることやね。

 

 

雪解けで普段おとなしい川が反乱。

腰以上の深さで流れ続ける雪解け水。

バックパックを背負って川を渡ることがどれだけ辛くて危険かってことを実感できた。

水温はかなり低くて、長時間入ってられないほど。

 

今年命を落としてしまったハイカーも、この渡渉で足を滑らして無くなってしまった人もいる。

砂漠地帯であんなに欲してた水。

それがこのエリアでは一番近寄りたくない物に変わってた。

 

そんな川がいつ現れるのか、ビクビクしながらどんどん雪山の奥へ足を踏み入れていく。

 

 

平均の標高が3000mぐらい。

中には4000mを超える峠越えもあったり、

日差しの強さで肌が焼かれて、

一日に何十回と道を見失う。

 

もう、頼れるのって自分だけなんよね。

背中に背負ってるカバンがなくなったらハイカーは命を落とす。

食料が尽きたり、

寝袋なしでは夜を越せへんし、

 

やから、食料を動物に食べられないように工夫せなあかんし、

できるだけ体温を下げないように体を洗わなかったり、

 

毎日必死やったな。

 

 

そんな中、素敵なハイカーと出会った。

56歳のマリブ。

彼のバックパックは僕の1.5倍はあったんちゃうかな。

彼は「日本の高校野球」が大好きで、

「あんな情熱的に野球をやるのは甲子園だけだ!」

って熱っぽく話してくれた。

 

一緒に歩いた半日。

テントを一緒に張って、夜な夜ないろんな話をしたんよね。

 

ほんで、彼のバックパックがでかすぎる理由がここでわかった。

なにが入ってたかっていうと、、、「多すぎる食料」

 

その時、僕はベアキャニスターの重さにやられてたんやけど、

彼は「食事が楽しくないとハイキングも楽しめんぞ!」

 

とニコニコ笑ってそう言ってた。

しかも、その食料を僕にくれたりもしたんよね。

 

僕も食料持ってたし夕食も食べてたから、こっちから頼んだわけでもないんやけど。

「美味い飯は一緒に食べたほうが美味しいだろ!」

っていってくれた。

 

僕に足りてなかった「楽しむ心」

それを彼は自然にシンプルに教えてくれた。

 

 

それからの毎日は、不安でいっぱいやった心も少し軽くなって楽しむ余裕を持してくれた。

なんといっても目の前に広がる絶景は、有名な世界遺産とは一味も二味も違う。

 

雑誌とかネットで観れる景色でもない。

それだけで最高に楽しめるはずやったんよね。

本当彼には感謝してる。

 

 

雪山のエリアではハイカーは数人のチームを作って一緒に歩く。

危険を回避するためやね。

僕もそんなパートナーを探してたんやけど、ちょうどタイミングよく出会えたハイカーがいたんよね。

 

 

台湾ハイカーのバン。

彼とは10日間、助けて助けられる日々を過ごした。

 

 

歩くペース、休憩のペースもよく似てたからストレスもなく歩けたんよね。

彼はどう思ってたかわからんけど、、、w

 

一人で歩く時間が多かった今までのセクション。

誰かと歩くのも楽しいことを知れた。

 

たまたま出会った二人が24時間一緒に行動する。

これってなかなかないことやと思うんよな。

 

家族でも、

カップルでも、

夫婦でも、

24時間、数メートルの距離で行動するなんてないと思う。

彼とは本当にいい関係を気付くことができたな。

 

 

一緒に川を渡って、

焚き火を囲んで飯食って、

雪山を何時間もかけて登って、

絶景に浸って、

彼が川に流されたのを二人で乗りきったり、

目が焼かれて一つのサングラスを二人で交互に使ったり、

歩いてる話、これからの話、今までの話、人生の話、

ほんと数え切れない思い出を彼は与えてくれたんよな。

 

 

シエラに入ったらハイカーの数急激に減って、

一日で5人にも会えば多い方ってこともあった。

峠の頂上で休んでたり、

渡渉の後服を乾かしてたり、

だいたい休憩のポイントも似てくる。

 

 

彼が川に流されてギアも一部無くなってめっちゃ不安で歩いてる時。

前方から日本人らしきハイカーが歩いてきたんよ。

 

 

長野在住のタクさん。

後から知ったけど、、、

僕と同い年。

しかも一回会ったことがある人。

世界一周行く前に母と母の姉で長野の山登りに行ったんやけど、

一泊させてもらった「高見石小屋」で働いてはったらしい。

 

そんな人とアメリカの山奥で出会うなんて、、、

 

出会いってほんとすごい。

 

 

彼はJMTってルートを歩いてて、お互いにこれから向かう場所の情報を欲しがってたんよね。

この情報交換のおかげで、今後の工程がクリアになった。

 

 

また、長野の山いったら会いに行きたいな。

 

 

 

そして、バンと別れる日が来た。

 

 

サングラスを川で落として、これ以上サングラスなしで歩くのは危険ってのもあって、

僕は迂回して街に降りることにしたんよね。

 

二人ともボロボロやけどいい顔しとるw

たった10日間やったけど、濃厚で鮮やかな時間やったな。

約240時間彼と一緒にいてたことになる。

 

やっぱり別れは寂しいんよね。

一人で歩き出すと一気に寂しくなるし、会いたくなる。

まぁ数日後すぐに再会できたんやけどね。

 

 

 

その後、

キャンプリゾートに降りてきたんやけど、

ここのキャンプ場がめっちゃ良かったんよ。

 

ロングトレイルハイカーにはビール一本無料、

フリーキャンプサイト、

夜はキャンプファイヤー、

 

そんなキャンプファイヤーやってる時に、

「おーい!PCTハイカー!腹減ってるやろ〜?」

っていってチキンを山ほど持ってきてくれた、キャンパー二人。

 

 

前回、このキャンプ場を利用した時、腹空かしてるハイカーがいたのを思い出して、

作って持ってきてくれたんやって。

 

もう、嬉しすぎてかぶりついてたな。

こうやって初めて会う人に愛情と優しさをもらって、もっと優しくなりたいって思えるようになった。

一種の憧れみたいなもんやな。

「自分もあんな人になりたい!」

 

 

ほんとの強さって、

鋼のような強さじゃなくて、

柔らかい強さ、

なのかもしらんなって思わせてくれた。

 

 

 

 

その後も、人の少ないシエラでも出会いがあった。

 

 

鹿児島からJMTを歩きに来てたりゅうたろうさん。

この人とは、この前鹿児島行った時に再会してアメリカの話いっぱいしたんよね。

再会があるから出会いっていいんよね。

 

 

 

 

 

 

雪も徐々に減ってきて、普通のトレイルを歩けるようになってきたんやけど、

雪が溶けてトレイルはぐっちゃぐちゃのとこも結構あったんよ。

 

気が倒れてたり、

まだまだ渡渉が危険やったり、

 

そんな中、トレイルを整備してくれる人たちにも出会えた。

 

 

馬に乗って、

犬を連れて、

壊れたトレイルを綺麗に歩きやすいようにしてくれてる。

この人たちがいてくれてるから、僕はカナダの国境まで歩き切ることができたんやろな。

って心から思える。

彼らもエンジェルだ!

 

 

 

 

ほんで、シエラも残り少し。

どうしても連絡取りたかった人がいたから、ヒッチハイク1時間半ぐらいのせてもらって到着した、ヨセミテ国立公園。

 

 

ここの景色は、さすが世界に名を轟かしてる場所ってのもあって壮大やった。

Macの初期設定の壁紙がここの景色やってことを初めて知ったなw

 

どうしても連絡したかった人は、、、

 

 

このご夫婦。

日本人のハイカーを無償で宿泊させてくれるエンジェル。

テッドとミホコさん。

 

奥さんはお仕事であんまり家にいてはらへんかったけど、テッドとはずっと一緒でいろんな話させてもらったな。

写真写りは良くないけど、、、w

ほんまにお茶目なアメリカのおじさまなんよ。

 

彼の家で過ごす3日間は砂漠地帯と雪山の辛さを全部吹き飛ばしてくれる時間やった。

クマと出会った時の対処法、

グリズリーとブラックベアの見極め方、

カナダまで歩き切るペース、

今まで来た日本人ハイカーの話、

ほんといろんな話をしてくれた。

この時は、英語話せてほんまによかったなって思える瞬間やったな。

 

 

 

 

そして、二人の日課はみほこさんが帰宅してからプールで泳いで、夕日をただ眺める時間を作ること。

僕も二人の邪魔をしないようにお邪魔させてもらったんよね。

 

PCTとJMTを歩いた日本人のお父さんとお母さんって感じやね。

 

  

 

ここまでで約1600km

まだ半分も終わってない。

ここからオレゴン州を目指して歩き出す。

 

砂漠も雪山も歩いたから、難関はクリアしたかなって思ってたんやけど、、、

実は、こっからがほんとの辛さが待ってたんよな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、次回「夢の道を振り返る。~ North California編~」

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