流れる時間

 

 

7年間というのは

長い時間なのかだろうか

それともたいした時間ではないのだろうか

 

 

 

僕が旅に出てから現在までの時間が7年と半分ぐらいだ

 

65640時間という時が流れたようだ

 

 

 

 

 

 

 

 

都会での生活に慣れてしまうと

 

ふっと思い出したかのように

 

旅の中で感じるあのゆったりとした時間はいったいなんだったのだろうか?

 

という疑問が頭をよぎる

 

 

 

都会での日常の時間とは全く別の時間軸で時が流れているんじゃないかと思うような

そんな感覚にさせられていたような気がする

 

もしかしたら本当に別の時間が世の中に存在するのかもしれない

 

 

 

岩に腰をかけて近くに寄ってきたシマリスにピーナッツをあげていたあの時間

テントの中から山に太陽が沈んでいく光景をただ眺めていたあの時間

木陰影に座り込み汗でじわっと湿ったシャツに乾いた爽やかな風が当たっていたあの時間

 

それらの時間が都会で感じるそれと同じ速さで流れていると言われても信用できない

 

 

 

 

そして旅が終わり都会に帰ってくると

都会での生活に違和感を覚えてしまう

日常と非日常が逆転してしまったような感覚だ

 

それはまるで浦島太郎の世界観をよく似ている

 

 

 

 

とはいえ

僕も都会で生活をしている時は

太陽がすっかり顔を出したさらに数時間後に目覚め

毎日同じ時間に同じ場所で仕事をし

たくさんの人が行き交う中買い物をし

夜遅くまで用もないのにだらだらと時間を使っている

 

 

 

 

僕が感じた日常と非日常はまるで別ものでないか

夢を見ていたとでもいうのか

 

 

 

 

 

旅の話を誰かに話すと

それは彼らにとって現実のものではないかのように聞いている

 

そんな日々を過ごしていると

本当に夢を見ていたんじゃないか

と錯覚してしまうこともある

 

 

でも、決してそれはない

僕が見た世界は僕の心の中に確実に存在する

 

 

 

では、流れるこの時間とあの時間はどう説明すればいいのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな時、僕はその時間の説明をするのは諦めることにした

難しいことを考えるのは性にあわない

 

もしかすると、少し怠けてしまっているのかもしれないな、、、

 

 

 

あの時間とこの時間が存在するということをしっかりと覚えておくことが大切なんだと思う

 

 

 

こうしてパソコンに向かいキーボードを叩いているこの瞬間も

地球のどこかでは間違いなくあの時間が流れている

 

ただそういうことだ

 

 

 

 

僕は人よりも少しだけあの時間の中にいる時間が長かったみたいだ

 

今思い返すとラッキーだなと思う

 

 

 

 

 

 

 

かといって

都会で過ぎていく慌ただしい時間もまた同じように大切に感じていたい

 

僕にはどちらも必要なんだと思う

 

 

日々の生活の中であのゆったりと流れる時間が

同じ瞬間に流れていると思い返すことができるだけで

生きていることの面白さを感じてやまないのだ

 

 

 

 

 

生きていく中で「違い」を知るということはとても面白い

 

時にそれが、不思議で理解ができないようなことがあったとしても

 

それでもいいと思う

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日もどこかで誰かがシマリスにピーナッツを投げているはずだ

 

 

 

 

そう思えるだけで、自分が地球の一員であるということを再認識できるのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何を書いているのか変わらなくなってきた、、、

 

 

そろそろこの辺りで終わっておこう

 

 

 

 

 

 

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