CDTが終わる
5000kmが終わる
このお話は僕とあるハイカーのたった5日間の物語だ。
歩き始めて90日。
数々のハイカーがCDTの終わりを迎える9月下旬。ハイカーの足跡が次々と消えていく中、Cubaというニューメキシコ州の小さな町で一人のハイカーと出会った。
彼の名前はパヤ。
本名からとったニックネームのようなハイカーネーム。珍しいチェコからのハイカーだ。
オレンジ色のGpack のバックパックにはPCTとCDTワッペンが縫い付けられている。
実は、僕と彼は2017年にPCTを歩いている。
PCTでは出会っていなかったが、
あの雪のシエラ、
山火事の猛威、
そんな会話は出会わずとも同じ経験をした仲間なら、あたかも一緒に歩いていたかのように共有することが出来る。
歩き始めて20kgも痩せたというパヤ。
とにかく陽気でお喋りな44歳。一回り以上年上なのに何故か親近感を沸かせてしまうのは、彼の魅力の一つだろう。
そんな彼は4月にメキシコ国境をスタートしたNorth bounder。
コロラドの雪の影響でメキシコ国境から、カナダ国境までまっすぐ北上が出来なくなり、雪の影響の少ないエリアまで移動し歩くflip-flopのスタイルに切り替えざるを得なかったようだ。
今年のNorth bounderのほとんどがそうなっている。
なので、彼らのゴールはカナダ国境でもなくメキシコ国境でもなく、ニューメキシコ州のどこかの街となる。
だが、彼のゴールはそうではなかった。
Cubaから50kmほど南下した道路がゴールだと言う。
彼が歩いた4月のニューメキシコは荒れていた。
乾燥地帯で雨が比較的少ないセクションにも関わらず、一日中雨が降り続けたという。
コロラド州よりも標高が低いとはいえ、標高は2000m前後。雨が降り続けた4月は寒さに苦しめられたと言う。
寒すぎたということと、粒の小さい砂は雨によって水分を含み泥と化していたみたいだ。
もうこれ以上歩けないと判断した彼は、車通りの少ない道路で、雨の中2時間震えながら親指を立て、ヒッチハイクでCubaまでなんとか辿り着いた。
そして今日は彼のCDT最後の日。僕は、偶然にもそんな彼のゴールに立ち会うことができた。
彼の背中を眺めながら乾燥地帯を歩く。
4ヶ月前の悪夢のようなトレイルは、今や暑すぎず寒すぎずとても穏やかだ。
彼は今何を思いながら歩いているんだろう。
今までの僕の2回のハイキングは、どちらも特別大きな問題もなくスタートからゴールまで一直線に歩くことができた。
そのスタートとゴールには必ずモニュメントがあり、明確な始まりと終わりが記されていた。
今回も恐らくそうなるだろう。
パヤがヒッチハイクをしたと言う道路まで50mというところで、木陰で一緒にランチをした。
僕にとってはなんでもないただの道路だが、彼にとってはずっと追い求めていた特別な場所なのだろう。
ゴールは一人静かに迎えたいかもしれない。
もし一人がいいなら先に荷物をまとめて歩き出すだろうと思い、僕はゆっくりとランチタイムを楽しんだ。
「後で写真撮ってくれないか?」
どうやら彼は一人でゴールに向かいたいとは思っていないようだ。
彼の記念すべき160日間のハイキングの終焉を見届けれるのは、世界中を探しても僕以外いないことは周りを見渡せばすぐに理解できる。
それなら快くその役割を受けたいと思う。
見事ゴールした彼の喜びようは、無理矢理作ったものではなく、心からの叫びのように見えた。
数千kmにも及ぶハイキングは、99%が辛いことだと思う。
でもハイカーたちは残り1%の幸せを、まるで100%のように意気揚々と語る生き物だ。
スタートとゴールは違えど、99%の辛さをしっている同じ道を歩くCDTハイカーの端くれとして、僕は彼の栄光を讃えたい。
数千km、
100数日、
誰かが見てくれているわけでもなく、歩ききったからといって、周りにはなんの変化もない。
世界はいつも通り動き
地球はいつも通り回る
一度スルーハイクを経験したハイカーなら、その事は知っているだろう。
それでも、自分の中の何かが満たされる事だけは約束されている。
パヤはそこからヒッチハイクで町まで戻らずに、次の街Grantsまで歩くと言っている。
「街にいっても特にやる事ないし、お金つかっちゃうしね!フライトの日までまだ時間はあるから後数日歩くよ」
と彼は言うが、本当はCDTの余韻を味わいたいのだろう。顔にそう書いてある。
そこから20km南下したところがこの日のキャンプ地だ。
水の補給が困難な感想地帯では、水場で夕食と翌日の朝食に必要な水を使い、可能な限り持てる水をボトルに詰め込み、翌日のハイキングに備えるのがリスクを避ける一番の方法だ。
そうなると必然的にキャンプ地は水場周辺に限られてくる。
夕方19時。
ちょうど太陽が地平線に沈もうという頃、水場についた。
彼は先に到着し、テントを設営し水を汲んでる最中だった。
「マサ!!聞いてくれよ!!4ヶ月前にここに忘れていったペグを今日見つけたんだよ!!」
と興奮して話してくれる。
「そのペグはパヤをずっと待ってたんだね!」
と言葉を返すと、
「ゴミのままにならなくてよかったよ」
とハイカーの根底にある、自然に対するリスペクトの言葉が返ってきた。
その日の夜は新月。
見事な天の川が彼の栄光を讃えているようだ。
Grantsまでの道のりは、彼のインフォメーションを頼りに歩く事になった。
水場やテント場、一度歩いたとはいえ4ヶ月も前のことなのに、彼は鮮明にトレイルの全てを覚えていた。
恐らく、相当強烈な印象を受けたのだろう。
「あの切り株で震えながらコーヒー飲んだんだよ!」
「あの木の陰でハイカー3人で一緒に寝たんだ!寒かったなー」
「この坂を登って1km歩いた北側の景色が抜群に綺麗なんだ」
そんな具合で、トレイルの変化、季節の変化に感動しているパヤの姿は、CDTに後ろ髪を引かれているようにも見えた。
多分、まだ帰りたくないんだろうな。
Grantsに到着し、4ヶ月前に泊まったモーテルへ向かった。
彼とお別れする時の握手とハグはとても清々しく、少し寂しくも感じた。
とはいえ、彼もロングハイクに魅了されたハイカーの一人だ。またどこかの山の中でばったり出会うだろう。
彼は最後にこんな言葉をかけてくれた、
「もう雪の心配もないはずだから、急ぐ必要もないよ。毎日楽しんで歩けばいいよ。まだCDTを歩けるのを羨ましく思う。とにかく怪我だけはせずにメキシコまで歩いておいで」
ありがとう。
こうしてまた一人のハイカーがCDT class 2019から姿を消した。
彼の残した足跡は、
雨が降り、
風が吹き、
動物が歩き、
その内消えていくだろう。
彼の残した足跡は消えていくかもしれないが、アメリカの大地を5000kmという長い道のりを駆けた抜けという事実は、他の誰にも消す事は出来ない。
このCDTの上をまだ歩けるという喜びを最大限に感じながら、残り数週間を歩いていこう。
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