最後の食料補給を終えLordsburgの町を後にした10月16日。
ゴールまで135km。
大阪から名古屋を直線で結んだぐらいの距離だろうか。
長かった旅も残り4日もあれば終わるだろう。
随分遠くまで歩いてきたみたいだ。
Lordsburg からメキシコ国境のモニュメントまでは、トレイルがほぼないと言ってもいいほど、自由でめんどくさいセクションだ。
年間数百人しか歩かないCDT。恐らく今年は300人のハイカーが歩き始めたのだろう。
たった300人の踏みしめたトレイルは、自然にはほぼ無力に等しいほど、跡形を残していない。
数百m間隔で立つトレイルのサインをひたすら探して、それを繋ぐようにただ歩く。
遠くの50㎝四方のサインを探すのに、僕の2.0の視力が力を発揮してくれた。
親に感謝だ!
時にはサインの間隔が遠くて探せないこともしばしば。
モニュメントに向かってまっすぐ歩くだけと言われれば簡単だが、、、
カラカラの大地に生きる植物は、攻撃的で刺激的だ。
殆どの植物には身を守るための鋭いトゲが、凶器のように備わっている。
枯れた植物のトゲは靴のソールを貫き足裏に刺さる。
サボテンのトゲは触ってしまうと皮膚の中に目に見えないトゲが残る。
「なんでこんなとこにゴール設定したんやろ?」
そんな疑問が浮かんでは消え、消えては浮かぶ。
途中サインが見当たらず、何となくの方向で歩いていると、気がつけば見当違いの場所を歩いていた。
人間は目標を失うとあらぬ方向へ進んでしまうようだ。
小さな目標を一つ一つ着実に掴み取っていく感覚が研ぎ澄まされる。
ハイカーに会わなかった2週間。
ここに来て、Sunshineと再会ができた。
誰もいない乾燥地帯を一人トボトボ歩く必要はなさそうだ。
これは心強い。
彼は、ドイツからのハイカー。2年前に仕事を辞め、ハイキング三昧の毎日を過ごしている。
去年PCT4260kmを歩き、そのままニュージーランドのTA3000kmを歩き、その流れでCDT5000kmを歩きに来ている。
完全にいかれた最高のハイカーだ。
「CDTが早めに終わりそうだから、そのままArizona Trailを歩きに行くよ。ビザもまだ余裕あるし、バスで2時間行ったところにトレイルがあるから、CDTが終わった次の日に移動するよ!」
もう返す言葉がない。
頭のネジは1本どころか、殆どトレイルに落としてきたんだな。
数日後にゴールが迫っているとは言え、なかなか気が抜けない。
水が問題
と
ゴールから町までの帰り方
その2つが常に頭の中をゆらゆら浮いている。
水問題
このセクションはこれまで以上に山からの水の調達が難しい。
というか、不可能に近い。家畜用の水場にしかその可能性は感じない。
そこでハイカーたちはCDTCに10ドルを支払い水を一定の距離で置いてもらう必要がある。ハイカーたちはそれをウォーターキャッシュという。
トレイルで出会った人たちには疑いの気持ちは全く湧いてこなかったが、ウェブ上でお金を払いその人の顔も名前も知らないまま、命のように大切な水を託す事に少しの不安を抱いてしまった。
その不安を解消する方法は、水を大目に担ぐ以外に見つからない。
結果、5ℓの水を担ぐことにした。
100日以上歩いてきた体でも、生きていく全てを背負って歩くのは心身ともに簡単なものではない。
いつも通り
1時間は1時間で
1mileは1mileだ
そして5ℓの水がさらにカバンを重くする。
最後のセクションで最重量のバックパックを背負うとは思っていなかった。
1カ所目のウォーターキャッシュに到着し、少し緊張しながら重たい扉を開けると、そこには当たり前のように水が入ったタンクが並べられていた。
ありがとう。
ロングトレイルは本当に一人では歩けないな。っと痛感する瞬間だった。
Shunshineが「水ないよ!」とニヤニヤ話しかけてきた時は変な冗談いうなよ!平常心を装ったが。扉を開けるまでは正直ヒヤヒヤしてしまった。
もう1つの、町までの帰り方問題は、Sunshineと出会えた事で解決できた。
ゴールのモニュメントまでシャトルで迎えにきてもらう事もできるのだが、一人100ドル以上してしまう。
流石に高すぎる。
もう一つの選択肢は、ゴールから1日半程かけて歩いてきた道を戻り、ハイウェイからヒッチハイクを繰り返し町まで160km移動するという方法。
ヒッチハイクで戻ろうかなーっと思っていたところに、
「Sunshineが最後のウォーターキャッシュまで宿のオーナーが迎えにきてくれるから乗っていけよ!30ドルでいいらしいぜ!」
と言ってくれたので、よろこんで便乗することにした。
まじでラッキーだ!
こういう行きありばったりの引きの強さは、不思議と困った時に舞い降りてくれる。
少し話は変わるが、
10日ほど前のSilver cityぐらいから、欲求がなくなってきたような気がする。
強いて挙げるなら、冷たい水が飲みたいぐらいだ。
でもそんなものも、歩き終えたら好きな時に好きなだけ飲めてしまうと思うと、そこまで欲しくはなくなる。
あれだけ欲しがっていたビールも日本食もなんだかもうすぐ手が届くと思うと、そこまでの魅力はなくなっている。
形のあるものに対する執着心はその程度なのだろう。
ただ、やる気がなくなるのとは少し違う不思議な感覚だ。
多分、満たされているんだと思う。
欲しいと思っているものが自分の中にある事に気づけたのかもしれない。
あれが欲しいこれが欲しいと思う時はいつも自分の外側に目がいく。
自分にないもの、自分が持っていないもの。本当は全部持っているのに、、、99%の幸せを持っているのに、何故1%の不幸を探してきたんだろう。
でも、そのことに気づけただけで大収穫だ。
ゴールまではこの穏やかな心で歩けるんだろうな。
そんな事を思いながらサボテンに全神経を集中して歩いていた気がする。
ところがゴールの前日。
握りこぶしほどの黒い塊が目の前を歩いていた。
こんなとこに生きてるやつもいてんだなー
なんて思ってよくよく見ると、蜘蛛だ。
こんなサイズ見たことがない。
いわゆるタランチュラというやつに違いない。
Sunshineにその事を伝えると、、、
「まじであいつ気つけろよ!俺の知ってるハイカーがそいつにやられて足パンパンに腫れて1週間動けなかったから!」
まじでやばいやつだ。
数日前テントのバグネットを開けて星空を眺めながら寝ている場合ではなかった。
朝起きてあんなやつがテント内にいたら、、、考えたくもない。
ほんとにいろんな意味で、自然は最後の最後まで驚きを与えてくれる。
そんなトレイルの終わりもそろそろ見えてきそうだ。
数日前、友人からこんな言葉をかけてもらった。
「終わっては始まり、始まりは終わらない」
何かの歌詞だそうだ。
いいタイミングでいい言葉をもらえた気がする。
カナダ国境から歩き始めた瞬間から、終わらすために毎日を過ごしてきたんだ。
終わりがあるから頑張るし楽しめる。
終わらすために歩いてきた4ヶ月。
もしこの道が終わりなく続いているなら、僕は歩く意味を見出せなかっただろう。
もし高校3年間ではなく永遠に高校生が続くなら、甲子園はあんなにドラマチックにはならない。そして青春なんて言葉は生まれなかったかもしれない。
終わりがあり、
限りがあるから、
その中で必死でもがき情熱を注げるんだと思う。
そして、生きるという事にも終わりが来る。だからその命を美しく輝かせる事が出来るのだろう。
そう、人間誰しもいつかはホネになってしまう。
ふざけて生きようが
遊んで生きようが
つまらなく生きようが
それなら、誰かの望んだ生き方ではなく、自分の望んだ生き方で命を使いホネになるという選択肢以外に僕は見当たらない。
夢を見て生きる人生よりも、
夢の中を生きる人生でありたい。
そして、それで生きていけるんだということを若い世代、若い心を持つ人達の少しの道しるべになれればと思う。
そんな事を考えながら最終日の朝を迎えた。
10月20日111日目。
メキシコ国境に到着して、最後ウォーターキャッシュに戻る距離を考えると、太陽が上がる前に歩き始めないと間に合いそうにない。
まだ空には星が輝き月明かりが美しい。
早朝5時にトレイルの終わりに向けて最後の一日を始めた。
月明かりの下歩くのはとても神秘的だ。
ヘッドライトをつけなくても地面が月明かりでうっすら明るい。
6時半を迎える頃、西の空からはうっすら明るく桃色の光を連れてくる。
山と朝日の会話を聞きながらの最後の朝だ。
気がつけば太陽も力強く大地を照らし、モニュメントはもう見えても良さそうな距離まで来ている。
相変わらずトレイルはどこにもない。
とにかくモニュメントの方向へGPSを頼りに雑草とサボテンの中を練り歩く。
遠くに小さな小屋が見えた。
多分あの横にモニュメントがあるはず。
メキシコから歩き始めたハイカーの写真をSNSで何度も見ていたから間違いない。
ようやくモニュメントが見えた。
その時の感情を表す言葉を僕はもちあわせていない。
文字にする事も不可能だ。
それを知りたいならCDTを歩く以外に方法はないだろう。
だから、無理にここには書かないでおこう。
8時半。
目の前に追い求めてきたモニュメントが現れた。
Sunshineはまだ到着していない。
一人きりだ。
それでよかったと思う。
とにかく、
気がすむまでモニュメントに顔を埋め、両手で優しく抱きしめながら、その時間を味わった。
甘く切なく愛おしい時間だ。
服もドロドロ
バックパックもボロボロ
ヒゲはボーボー
30歳になったばかりの日本人が、アメリカとメキシコの国境で、恋人との再会を喜ぶように石柱を抱きしめて離れない。
ただの変態だ。
30分ほど遅れて、もう一人の変態が到着した。
「次はお前の番だ!!」
と愛おしいモニュメントを彼に譲った。
数日後他のトレイルを歩くSunshineからすれば、ひと段落程度のものなのかもしれない。
「とりあえずは、ビールで祝おう!」
早朝から歩いてきた事もあって、ビールはまだ冷えている。
プシュッと栓を開け、コツン!と瓶を重ねる。
僕はタバコを一本巻き、
彼はガンジャをカバンから出し、
その一本を堪能した。
「今日はもう歩きたくないな」
2人の意見が一致する。
でも、シャトルは16時にきてしまう。
帰らないと。
同じ道を歩くのはなんだか気がひける。
少しだけ距離は伸びるがダートロードが近くを通っていた。
その道を5時間ほど歩きウォーターキャッシュまで戻る。
友人からオススメしてもらった曲を聴きながら何も考えずに歩く帰り道。
「Goodbye」
「To build a home 」
「Reflection Eternal 」
「Another Reflection」
歌詞のほとんどないメロディがちょうどよかった。
ただ耳元で静かに流れるバックミュージック。歌詞に気をとられる必要もない。
乾燥地帯のガサガサの大地
絵の具をこぼしたような青の空
ロード脇に生えるサボテンの花
そこで逞しく生きる者たち
そして、そこを歩く旅を終えた一人のハイカー。
僕は幸せ者だ。
人生とはいうのは真っ白のキャンパスに色をつけていくことなんだと誰が言っていた。
その言葉を聞いた時、なんとなくそうなのかなーと思い込んでいたが、アメリカに費やした3年間で考えは少し変わった。
絵を描いてきたその筆が人生そのものじゃないかと今は思う。
沢山の色に触れ、絵を描いてきた筆。
その筆は自分自信で
描いてきた絵は経験だ。
でもその筆は今日も綺麗に次の絵を描く準備が出来ている。
ただ、その筆には沢山の絵を描いてきた経験が染み込んで、消えることはない。
その筆は、使えば使うほど癖を持ち味を出し、また素晴らしい絵を描き始める。
さぁ次は何を描こうか。
もう一人の自分が耳元でそう囁く。
fin
フォトブック販売してます。
タイトル:World Gift
ページ数:64ページ
サイズ :A6
価 格 :おまかせ!!(次の旅の資金にさせてもらいます。)
Word Gift 購入ページへ!
Leave a Reply